保護犬太郎の22年間の犬生
私は小さい頃から犬と一緒に生きてきました。八歳のときに初めて秋田犬を育て、その犬は五歳で人命救助をするほど賢い犬に成長しました。道で捨て犬を見かけると放っておけず、連れて帰っては育てる。そんなことを自然に続けるうちに、犬は私の人生の中心にいる存在になっていました。
子どもがまだ小さかった頃に拾った雑種の捨て犬が、太郎です。太郎はとにかく私の料理が大好きでした。犬はドッグフードだけを与えるべきだという考え方もありますが、私は人間の食事もドッグフードも与えて育ててきました。もし食べ物に危険があれば、犬が先に教えてくれる――そんな思いもありました。結果として、うちの犬たちはみな元気で、人間も健康に過ごしていました。
太郎は食いしん坊で、フライパンに料理が残っていると、持ち手を口で器用につかんで床へ下ろし、中身をきれいに平らげてしまいます。私たちの食べ残しを食べてもまだ足りず、ゴミ箱をあさるほどでした。特に骨が大好物で、喜んでかじっていました。
けれど、太郎のいちばん好きなことは食べること以上に、走ることでした。ぬいぐるみやボールには見向きもせず、ただひたすら走る。扉に少しでも隙があれば風のように外へ飛び出し、家の周りや近くの公園を全速力で駆け巡ります。ある日、家から脱走して公園へ逃げた太郎がアンパンをくわえているのを見て、どこから持ってきたのかと追いかけました。行ってみると、木の上のカラスがアンパンを持ち、その下で太郎が欲しそうに吠えていたのです。
別の朝、娘が小学校に遅れそうになり、私は娘を自転車の後ろに乗せて急いでいました。そのとき後ろから太郎の息づかいが聞こえてきました。また脱走したのです。私は娘に「後ろを見ちゃだめ」と言い、二人で振り向かないまま学校へ向かいました。娘を送り届けたあとも、太郎は街中を思いきり駆け回っていました。今思えば、よく事故に遭わなかったものだと思います。
太郎が十歳のとき、あまりの元気さに私は驚きました。中型犬だから、そろそろ寿命を意識する頃かもしれないと思っていたのに、太郎は変わらず走り回っていました。気がつけば十五歳になっていましたが、それでも元気でした。脱走が少し減った程度で、太郎は相変わらず太郎のままでした。それから私は、太郎の年齢を数えることをやめてしまったのです。
その頃、また太郎が脱走しました。一日中探しても見つからず、私はパニックになって家族に叫んでいました。「太郎がいなくなったら、私どうなるかわからないよ」。家族総出で探してくれましたが、太郎は戻ってきませんでした。三日目になっても諦めきれずにいると、ふと目の前に、太郎がばつの悪そうな顔で座っていました。家の玄関の前でした。「ああ、良かった。太郎、お肉焼いてあげるからね。いっぱい食べなさい」。私はただそれだけを言って、太郎を抱きしめました。
やがて左前足の脇に腫瘍のようなものができ、獣医さんへ連れて行ったとき、久しぶりに年齢を計算しました。太郎は二十歳になっていました。
太郎は感情の豊かな犬でもありました。私が冗談で「嫌い」と言うと、しょんぼりして部屋の隅で落ち込みます。太郎が十五歳のころ新しい保護犬を迎えたときも、夜になるとまず太郎が私の横で寝て、その足元に新入りの「雌」のロングミニュチュアダックスが丸くなりました。長いあいだ自分の場所だったはずの私の横を、太郎は自然に譲っているようでした。
気がつけば、太郎は私の心の支えになっていました。つらいことがあると、私は太郎に抱きついて泣きました。太郎がそばにいるだけで元気になれたのです。人に支えてほしいと思うことはあまりなく、私は子どもの頃からずっと、人間よりも犬に支えられて生きてきたのだと思います。
太郎は二十二歳でがんになるまで、ほとんど病気をしませんでした。亡くなる直前、寝たきりだった太郎が突然、自分の力で立ち上がり、両足でしっかりと立つ姿を私に見せてくれました。「太郎、凄い!太郎!凄い!立ったの!拍手喝采」次の瞬間、太郎は力尽きるように倒れました。それが最期でした。
太郎の看取りを通して、私は一つの教訓を受け取りました。人生は早送りでは味わえないということです。一緒にいる時間は当たり前のように流れていきますが、失いかけて初めて、その一瞬一瞬がかけがえのないものだったと気づきます。だから私は、できるだけ通常の速さで生きようと思うようになりました。会話を急がず、人との関係を丁寧に育て、心が温かいと感じる時間を大切にする。太郎は言葉を持たないまま、その生き方を私に教えてくれました。
あの瞬間は、まるで別れのあいさつのようでした。長い年月、私のそばで走り、食べ、眠り、黙って支え続けてくれた太郎。私の人生の大切な時間にはいつも犬たちがいて、その中心に太郎がいました。太郎は自由に走り抜け、私の心を静かに支え、そして自分の足で立って旅立っていきました。その生き方そのものが、今も私の中であたたかく息づいています。
太郎は「男前な犬」だった。