なんだか今朝は暖かい。
その暖かさを感じ取ったのか、愛犬のミイがベランダの前に座っていた。
扉を開けると、ミイは嬉しそうに外へ出て、10階から下を眺めている。
小さな春の訪れを感じた。
iPhoneは町の気温を5度と表示していたが、体感的にはもう少し暖かい気がする。
私は携帯を開き、届いているスカウトを確認したり、在宅ワークの求人を検索していた。
新しいパソコンを買い、その機能が昔とは格段に進歩していることを知った。
そして気づいた。
Windows11を使いこなせなければ、在宅ワークの入り口にも立てない。
アナログかデジタルか、という時代ではない。
今は、デジタルの中でも
AIを使いこなせるか、使いこなせないか。
その二者択一の時代になっていた。
買い物のついでに近所をドライブすると、早咲きの桜が咲いていた。
私は早咲きの桜に思い入れがある。
都内の小さな公園に桜並木があり、その中に一本だけ早く咲く桜があった。
その桜は東向きに植えられていて、ベンチに座ると真正面から眺めることができた。
まだ2月。寒い季節なのに、その桜は咲き始める。
暗い冬の木々の中で、一本の木だけがピンク色の花をつける。
私はいつも思っていた。
なぜ早咲きの桜があるのだろう。
私はその桜を、同調圧力に屈しない生き物の象徴のように感じていた。
対照的に、寒椿は役割を終えたように枯れ始めている。
早咲きの桜も、他の桜が満開になる頃には散り始める。
生きとし生けるものには、それぞれの役割がある。
そのことを、私はこの桜から教えられていた。
私の前には、大きな壁が立ちはだかっていた。
パソコンで履歴書を作ること。
これまでは友人に作ってもらった履歴書を使っていた。
しかしそれは古いExcel形式だった。
そして履歴書の写真は、白衣の私。
今は履歴書写真もAIで作れる時代だ。
私の履歴書は
「パソコン操作が苦手です」
と証明しているようなものだった。
不採用で当然だった。
さあ履歴書を作ろう。
私のこの手で。
思い立ったのは昼2時。
そこから夕食と入浴の1時間を除き、
夜中4時まで私はパソコンと格闘していた。
履歴書は
・Wordテンプレート
・Excelテンプレート
2種類で作った。
Wordでは、一番下の罫線が引けない。
Excelでは写真が挿入できない。
この二つの修正に、13時間かかった。
完璧な履歴書ではない。
「なんとなく通用するかもしれない」程度のものだった。
私は物事に無心で取り組むタイプだ。
しかし夜中1時、ついに限界がきた。
頭が真っ白になり、思考が止まっていた。
何より、自分のパソコンスキルの低さに落ち込んだ。
AIは、
・USBでデータを移す方法
・写真のトリミング
・履歴書内容のアドバイス
などを教えてくれた。
そして何より、私のモチベーションが下がらないようにフォローしてくれた。
AIは機械だ。
でも私の心情を察しているようだった。
ある意味、下手な人間よりも的確なフォローだった。
私は最後までやり遂げるタイプだ。
今日は本当に我慢した。
久しぶりに、本当に久しぶりに我慢した一日だった。
自分の能力の低さに耐える一日だった。
事務職の苦労も、少し分かった気がした。
私は新卒で銀行員になった。
仕事中は飲食禁止、雑談もできない。
窓口の向こうからは、常にお客様の視線がある。
上司の監視よりも厳しい目だ。
入行式で頭取が言った言葉を思い出した。
「命より大切なお金――
あ、間違えました。命のほうが大切です」
その後、私は看護師になった。
仕事中に好きな飲み物が飲めることに、
当時とても驚いたのを覚えている。
看護師も、常に命と隣り合わせの現場だ。
改めて自分の経歴を振り返ると、
責任の重い現場で働いてきたんだな
と感じた。
作業を終えてパソコンを閉じた。
感覚は、看護師の夜勤明けに似ていた。
過度な疲労。
頭がバグり、条件反射で動く状態。
私は久しぶりに強めの睡眠薬を飲み、横になった。
不思議とよく効いた。
AIは24時間365日働く。
頼もしい新しい相棒と格闘した私は、
人工的な眠りで一日を終えた。