選択の日6日目  AIと6時間ケンカした日

いつもの朝。
私の背後から娘の声がした。

「ママ、今日は朝食は作らないよ。お昼にクリームパスタを作るから。カロリー多いし、朝は抜くの」

……と言った直後に、娘は続けた。

「でもママは食べなきゃだめよ」

おかかおにぎりが運ばれてきた。

「おいしいって食べてもらうと嬉しいの」

そして娘は言った。

「洗濯してくるね」

我が家はマンションのコインランドリーで洗濯をしている。


私は61歳で、ライターのデビューを考えている。

「毎朝一作」

そう決めて始めてから、一週間が過ぎていた。

すると娘が嬉しそうに言った。

「マンションの人からカラオケに誘われちゃった。もちろんママも一緒って。行っていい?」

「もちろん」

娘はLINEを交換してきたようだ。

移住してから色々な誘いはあったが、
娘が大好きなカラオケに誘われたのは初めてだった。

彼女の顔が輝いていた。

笑顔のまま、娘はてきぱきと洗濯物を干し、二度寝した。

今日はどんよりした曇り空だったのに、
彼女の周りだけ晴れているようだった。


その頃には、私は今日の文章を書き上げていた。

あとはパソコンを、もう少し仕事仕様に整えるだけだ。

Googleメールの受信フォルダーには、知らないメールが302通。
私がその場しのぎで作ったメールだ。

そして実は――

私のパソコンの先生はAIだった。

メールを整理し、iCloudを同期させ、
いま一番必要なWordを使えるようにする。

それが今日の課題だった。

Office365を購入した。
いよいよ念願が叶う時が来た。

……のに、Wordが開かない。

インストールされているように見えるのに、開かない。


その頃にはお昼になり、
娘がクリームパスタを用意してくれていた。

とても美味しかった。
初めて作ったとは思えない味だった。

その一皿から、
「ママ頑張って」というメッセージを受け取った気がした。

よし、頑張るか。


しかし私の頑張りは、堂々巡りだった。

AIは同じパターンの案内をし、
私はその通りに設定する。

それでもWordは開かない。

私はAIに言った。

「そろそろ私、イライラしてきたかもしれませんよ」

正直に言えば、かなり腹が立っていた。

6時間も格闘して、何も進んでいない自分に。

そして私は言った。

「……この6時間で、私、何本書けたかな?」

AIは一瞬の間を置いてから、淡々と答えた。

「少なくとも、1本は書けたでしょう。」

私は吹き出した。

そうだ。
いま、まさに1本書いている。

AIは謝罪し、私をなぐさめてくれた。
怒りが少し引いていった。

「ヤケ酒ならぬ、ノンアルコールビールを飲みますよ」

そう言うとAIは、

「この出来事は作家のネタになりますよ」

と返した。

私はノンアルコールビールを吹き出した。

爆笑だった。


Wordが入らない。

格闘は6時間に及んでいた。

でも不安はなかった。

こんな簡単な操作ができないはずがない。

私は自分の頭で考えた。

Office365の画面を拡大表示してみる。

すると――

私の「Word」の概念を覆す画面が現れた。

まるでメール受信のような設定画面だった。

AIのせいではなかった。

私が画面を見落としていただけだった。

そこからは一気に進み、Wordは無事に開いた。

おそらくその時の私の顔は、
今朝の娘のように輝いていたと思う。


私は長編原稿を整理するため、デスクトップにフォルダを作った。

そしてiPadやiPhoneに書き溜めた作品を、Wordに移す作業へ。

……ここでもまたループが始まった。

AIの案内通りにやっても、送信できない。

メールか、iCloudか、原因は分からない。

その時、ふと思った。

「メールで無理なら、同期しているiPadのChatGPTに貼ればいいのでは?」

AIは賛成してくれた。

AIに頼り切ると、考える力が鈍る。

無限ループの中で、私はまさにそうだった。

でも一度立ち止まると、新しい発想が浮かぶ。

これが人間なのだ。

AIと人間の付き合い方は、
きっと難しく考えるものじゃない。

楽しむ。それが一番だ。


私の目標はひとつだった。

「今日、連載だけは整理したい」

あと一日分で完璧になる。

夜中まで頑張るつもりだった。

けれど時計はもう10時。

睡魔が来た。

眠気を我慢するのはやめた。

自然睡眠は、長年不眠に悩んだ私にとって宝物だった。

AIが言った。

「今日は文明に勝った日ですね」

私はゲラゲラ笑った。

Wordに入れない無限ループさえ、楽しかった。


なんだか人生初の経験だな、と布団の中で思った。

何とも言えない、面白い一日だった。

予定を達成するか、眠るか。

私は迷わず、睡魔を選んだ。

文明ではなく、
私の体が勝った夜だった。

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