朝方、トイレに起きた。
私はタンクの蛇口を少し強くした。
理由はない。
ただ、なんとなく。
そのまま二度寝して、いつもの朝がやってきた。
テレビでは三月の寒波が来ると言っている。
関東でも雪が積もるかもしれないらしい。
「灯油を買っておかなきゃ」
配達の電話をすると、ほどなくしてマンションの一階に灯油が届いた。
十八リットルのポリタンクを二つ抱えて玄関に入ろうとしたとき、隣の住人に声をかけられた。
「ちょっと見てもらえないかな?」
彼の部屋のトイレの上から、水がぽたぽた滴り落ちている。
「上やと思うねん。なんかあらへん?」
彼は、このマンションで私が唯一付き合っている人だ。
私の真下の階に住んでいる。
ただし、彼は酒を飲むと私を捕まえる。
酔っぱらいの相手をさせられることも多く、私は少し辟易していた。
それでも、
「まあ何かあったときのためだ」
そう思って付き合っていた。
ある日、彼はこんな話をしてきた。
「誰にも言ったらあかんで。管理人おるやろ。
あの人、彼女が二人おんねんて」
どうでもいい話だった。
帰宅して、私は娘に言った。
「管理人さん、彼女が二人いるんだって」
娘は言った。
「どうでもいい話」
娘は彼が嫌いだった。
とにかく酔っぱらいが嫌いなのだ。
数か月後。
娘はその管理人本人に言ってしまった。
「彼女が二人いるんだってね。私とも遊びませんか?」
娘には悪意があった。
隣の彼が、おしゃべりで信用できない人だということを伝えたかったのだ。
噂話というものは不思議で、
必ず本人の耳に届く。
その頃から、隣の彼はよそよそしくなった。
そして今日。
その彼の家で水漏れが起きた。
私は覚悟した。
(あー、賠償金かな)
管理人がやってきた。
今日は正社員の人だった。頼りがいがある。
私たちの階を調べ、
そして我が家の水回りも確認した。
気がつくと、我が家のトイレ周りがびしょびしょだった。
昨夜のことが頭をよぎる。
なんとなく。
蛇口を少し強くしたこと。
「濡れてますね」
管理人は事務的に言った。
三時間ほどして、我が家のチャイムが鳴った。
「トイレの水を流してください。
それで漏れなければ原因不明です」
私は水を流した。
水漏れは起きなかった。
原因不明。
私は思った。
もしかすると原因は私かもしれない。
でも、
管理人は「原因不明」という判断を選んだ。
白黒つかない。
白黒つけない。
欧米的では、
物事はたいてい「Yes」か「No」だ。
中国でも同じだ。
是か、非か。
しかし日本語には、
もう一つの場所がある。
「どちらとも言えない」
「まあ、そうとも言える」
「今回は原因不明で」
イエスでもない。
ノーでもない。
多くの外国人は、この答えに戸惑う。
しかし日本人同士は困らない。
あっさりと、その中間を選ぶ。
今回の水漏れもそうだった。
原因不明。
それは、
白でも黒でもない。
ちょうど真ん中の選択だった。
そのとき、私は子供のころの出来事を思い出した。
父が文鳥の雛を買ってきてくれたことがあった。
小さくて、温かくて、
それはとても可愛かった。
私はその文鳥を両手で包み込むように抱えて、
そのまま眠ってしまった。
朝起きると、
私の布団の中で文鳥はぺしゃんこになっていた。
父は何も言わなかった。
そして新しい文鳥の雛をまた買ってきてくれた。
しかし私は、
また同じことをしてしまった。
文鳥はまた、
私の布団の中でおせんべいになっていた。
私は大泣きした。
そのとき父は、生まれて初めて私のほっぺを叩いた。
そして言った。
「二度同じ失敗をするのは大馬鹿だ」
私はまた大泣きした。
叩かれたからではない。
父の言葉が胸に刺さったからだ。
私は失敗から何も学んでいなかった。
子供ながらに、
自分が大馬鹿だと思った。
失敗は誰でもする。
しかし同じ失敗を繰り返すとき、
そこではじめて責任が生まれる。
管理人は今回、
「原因不明」と言った。
白黒はつけなかった。
でもきっと覚えている。
もし同じことが起きたら、
そのときは白黒つけるのだろう。
人生には時々、
白黒つけないほうが穏やかに収まる日がある。
今日は、そんな
選択の日だった。