選択の日27日目 ミイ物語

選択の日 29日目ミイ物語完成品

何か重たい。
この感覚、久しぶり。

来るぞ、来るぞ――

キター!

ミイの顔ぺろぺろ攻撃だ。

朝の散歩が待ちきれなくなると、ミイは私の顔を舐める。
起きて。早く連れてって。

どうしてそんなに急かすの。

顔中を舐めまくったあと、ミイは私の胸の上でぴたりと止まる。
こちらの様子をうかがっている。

そして、私をじっと見つめる。

なんとも愛らしい。
ミイにとっては必死なのだろう。

はいはい、行きますよ。

そう言うとミイは飛び跳ねる。
嬉しくて、伏せをしてお尻を持ち上げる。

すばやく玄関で座って待つ。
私のところに来る。
また玄関で座る。

着替えの間、それを何度も繰り返す。

そして今日は、とどめが来た。

私のセーターをくわえて引っ張る。

「早く行こう!」

今日のミイはフルコースだ。

マンションのエレベーターでリードをつける。
共用部分は抱っこ。

自動ドアが開くと、ミイはまっすぐ車へ向かう。
慣れた動作で助手席に飛び乗る。

少し走ると、海と公園が見えてくる。

ミイの尻尾がブンブン振れはじめる。

公園の前で車を停める。
運転席のドアが開くのを、ミイは私の膝の上で待っている。

リードを外す。

その瞬間、ミイはヤシの木が並ぶ広い公園へ駆け出す。

同時に私は、公園の真ん中へボールを投げる。

ミイの全力疾走。

ヤシの木。
海。
山。

その景色の中を全力で走る柴犬は、
ただただ美しい。

何度もボールを投げる。
何度も拾ってくる。

ミイにとってボールは、野生動物なのだ。
猟犬の血が濃い。

――

ミイはペットショップの売れ残りだった。

生後半年。
流行りの柴犬ではない。

顎黒の赤毛。
顔はキツネ顔。

この子は売れないだろうな。

そう思った。

私には、22年連れ添った雑種の犬がいた。
太郎という。

最愛の犬だった。

その太郎の命の炎が、消えかけていた。

太郎に申し訳ない。
それでも私は思ってしまった。

太郎がいなくなったら、
私はどうなってしまうのだろう。

この子を――
太郎の代わりに。

太郎がまだ生きているのに。

案の定だった。

寝たきりに近い太郎は、
この半年の子犬を怖がった。

はあ、はあ、はあと息が荒くなる。
近づくと必死で逃げる。

動かない体を引きずるようにして。

私は太郎の周りを柵で囲った。
ミイが近づけないように。

太郎は少し安心した。

そして、すぐに旅立った。

――

ミイは問題児だった。

甘噛みがひどい。
アレルギーで耳と目が真っ赤。

部屋の隅でいじける子犬だった。

尻尾もあまり振らない。
ご飯もだらだら食べる。

元気のない子だった。

でも。

ボール遊びが大好きだった。

教えてもいないのに、
ボールを持ってくる。

ぬいぐるみも投げると持ってくる。

この遊びが大好きだった。

あとは、かくれんぼ。

クローゼットの隅。
バスタブの中。
ドアの後ろ。

私の姿はない。
声だけが聞こえる。

「ミイ」

どこだ、どこだと探す。

見つけると、
めったに振らない尻尾をブンブン振って喜ぶ。

――

ある日の早朝。

第二京浜から細い道に入り、
小さな住宅街のさらに細い道。

そっとリードを放してみた。

ミイは気にしなかった。

いけるかも。

ボールをポンと投げる。

ミイは拾ってくる。

ミイは気にしない。

室内でも、戸外でも同じだった。

こうして、
早朝のミイの「勝手に散歩」が始まった。

都心の日の出前。

人も車もほとんどいない。
静かな時間。

ノーリードの散歩は、
秘密の時間だった。

庭木の間。
住宅の駐車場。
マンションの隙間。

入り込んでは、獲物を探す。

自然とは程遠い光景。

でも私は、
この頃まだ知らなかった。

いつか本当に。

森を走り、
岩を越え、
小動物を追いかけるミイの姿を

この目で見る日が来るなんて。

朝陽が差し込む山の急斜面を、ミイは軽々と駆け上がる。

その姿は本当に美しい。

ミイの目はキラキラと輝き、
赤柴の毛色と枯草の色のコントラストは、まるで一枚の絵のようだ。

思わず立ち止まって見とれてしまう。

あのペットショップで、
売れ残っていた小さな子犬が――

今、こんな景色の中を自由に走っている。

ミイには、

過疎地への移住の選択は正解だった。

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