選択の日21日目技術も自分を大切にすることも体得

 歯医者、技術も自分を大切にすることも体得完成版

「ママ、忙しくなかったらコーヒー入れて」

娘はベランダで一人、座っていた。
ベランダからは海と山が一望できる。デビュー前のイルカたちも見える。
我が家の朝はのんびりしている。

私は無職。
我が家はいわば年金ニート。

それでも私は忙しかった。
在宅ワークを選んだ私は、毎日パソコンの前に10時間以上張り付いていた。

今日はデザインをやってみよう。

お気に入りの写真に文字を入れる。
Canvaを使ったデザイン作成だ。

AIはすごい。
ChatGPTの言う通り操作すると、写真に文字が現れる。
コピー&ペーストすると、今度はイラストになる。

「なんだ、簡単じゃない」

私は600枚もの写真を持っていた。
これはいろいろ使えそうだ。

そういえばデザインのスカウトが来ていた。
ココナラだったと思う。

返信しなければ。
しかしココナラはAI作品の出品ができない仕組みになっていた。

ああ、せっかく作ったのに。

さっとAIで作っただけなのに、何時間もかけた作品のような気持ちになっている自分を、変なやつだなと思った。

そろそろ時間だ。
私にとって処刑台に立つような時間が来た。

歯医者である。

私は歯医者が大嫌いだ。
小学生の頃、宿題として歯の治療があり、仕方なく通った。

キーンという音。
心に突き刺さるような感覚。

それ以来、親知らずを抜く以外、歯の治療は一切してこなかった。
61歳までよくもったものだ。

激痛に観念して治療を始めても、予約して行かない。
痛い時だけ行き、痛みが引けば行かない。

完全な不良患者だった。

でも今回は違う。
何年かかっても歯をきれいにしようと思った。

90歳まで生きた人の後悔第1位は、歯医者にきちんと通えばよかったことだという。

仕事柄、口腔ケアは散々してきた。
正直、総入れ歯のほうが楽だとも思っていた。

認知症患者さんによく噛まれた。
インプラントの人は特に大変だ。
ガーゼに強く噛みつき、なかなか離してくれない。

数分なのに、何十分にも感じる。

その点、総入れ歯は痛くない。
だから私は将来は総入れ歯でいいと思っていた。

しかし神経がやられる痛みは別だった。
生まれて初めての激痛に、私は完全に観念した。

新しい母の家の近くの歯医者を選んだ。
母は85歳だが、すべて自分の歯で食べている。

それは、自分を大切にしてきた証拠だ。

自分を大切にすることも体得だ。

海岸線と山道を走る。
早咲きの桜は満開。
山桜はまだ蕾。
寒椿は枯れかけている。

暖かいのか寒いのかわからない。
南紀の春は早い。

そして私は処刑台に座った。

歯科医師は無口な人だった。
予約を守らない私にも、淡々と対応し、淡々と治療を進める。

「痛いですよ」

麻酔の注射。
歯茎に刺さる。

ツン、とした痛み。
楊枝でつつかれた程度だった。

キーン、キーン。
削る音が頭に響く。

こんなに丁寧に治療してくれている。
私はずっと「怖い」で逃げていたのだ。

看護師だった頃、処置をじっと見つめていた患者さんを思い出した。
私には日常でも、患者さんにとっては恐怖だった。

終わると皆、頭を下げて「ありがとうございます」と言った。

患者になった今、その意味が分かる。
歯医者さんの技術はすごい。

その後、つねちゃんの家で昼食を食べた。

小鯵は見事にさばかれ、寿司になっていた。
私の味とは全く違う。

「数が違うやろ。私、一日200匹さばいたことあるねん」

経験則。
技術は一夜では身につかない。

晩ご飯まで持たせてもらい帰宅した。
この地域の伝統料理「お混ぜ」をいただく。

何十年、何百年と受け継がれてきた味。
つねちゃんの料理は、もはや技術職だ。

お混ぜを食べていると、常ちゃんからLINE通話の着信があった。

カメラ越しに、食べている私が映る。

「ママ、可愛いでしょう」

私がそう言うと、常ちゃんは一言。

「分からん」

どうやらお風呂上がりに昼間のLINEに気づき、返信の代わりに通話をかけてきたらしい。

しかも裸のままで。

律儀というか何というか。
心の中で「服を着てから通話しなさいよ」と思ったが、口には出さなかった。

常ちゃんはご主人に携帯を持たせ、自分は映らないようにしている。

「よう食べとるな。そんなに入るもんかのう」

画面の向こうで笑っている。

本当に、常ちゃんはすごい人。

私のことを可愛いと常ちゃんは言ってくれなかったが、私と娘は心から常ちゃんを可愛いと想っている。

寝る前、パソコンを確認すると、クラウドワークスからデザインのスカウトが来ていた。

返信を待ってくれている。
でも私は寝ることを選んだ。

これまではインディード中心だったが、他の媒体も使ってみようと思った。

慣れではない。
体得だ。

お金にならなくてもいい。
体が覚えるまで、パソコンを触り続けよう。

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