選択の日17日目 60年の織物 夫婦愛と恋愛

― 夫婦愛と恋愛

9時。

ソフトバンクはまだ開いていない。
電話もつながらない。

胸の奥が、そわそわする。

10時。
やっとつながった。

「今日、空いてますか?」

「祝日なので空きが少ないんですが、13時半からはいかがでしょうか?」

「お願いしまーす!」

今日は、つねちゃんと私が
携帯のプランを 選ぶ日

最低料金で十分だ。

昔の私なら、
1000円や2000円の違いなんて気にもしなかった。

でも今は違う。

無駄は選ばない。
塵も積もれば山になる。

つねちゃんに電話した。

「急いで行くね」

車に乗った瞬間、
つねちゃんから電話が来た。

「いつものところで待ってるで」

「えー?」

20分も立たせてしまった。

小さな体で、
じっと待っているつねちゃん。

その姿を見た瞬間、
昨夜の会話が蘇った。


ご主人は言った。

「カラオケなんか行ったらあかんで。
あんたがお金払ってるって言うやん。それはあかん。」

私は言った。

「払ってるって言っても
一時間500円だよ。

ソフトクリームもコーヒーもジュースも飲み放題で
何曲歌っても500円。」

ご主人は目を丸くした。

当然だ。

ご主人の時代は
スナックに座るだけで1000円。
酒を頼めばまた1000円。
カラオケは一曲100円。

「そんなのどこにあるん?」

「あるよ。」

本当は家でもできる。
任天堂スイッチで。

でも私は、
つねちゃんを外へ連れ出したかった。

家庭という小さな世界から
ほんの少し社会へ。

娘は言った。

「結婚って、牢屋よりきついね。
牢屋はご飯もらえるけど、
ご飯作って介護して…大変だね。」

重い言葉だった。


ソフトバンクの手続きは
スムーズに終わった。

そして私たちは
カラオケへ向かった。

つねちゃん、2回目。

前回は無理してコーヒーを飲んでいた。

今回は
梅昆布茶。
そしてソフトクリーム。

自分から曲を選んだ。

入力はできないけれど、
はっきりと言った。

石原裕次郎。

そして
「夫婦慕情」。

どこまでご主人に寄り添うのだろう。

男性の歌。
ご主人の好きな歌。

「ご主人がね」

何度も名前を呼ぶ。

ご主人91歳。
つねちゃん84歳。

二人は、
もはや一体だった。

つねちゃんの声は
低く、静かで、まっすぐ。

娘は平成のヒット曲を弾むように歌う。

私は昭和中盤の懐かしい歌。

つねちゃんは
昭和初期、日活全盛期の歌。

三世代の時間が
同じ部屋で響いた。

娘はルンルン。

私は少し自分に酔い、

つねちゃんは
ただ正確に歌う。

画面を真剣に見つめる
その目の速さ。

何事も本気。

その姿に胸が熱くなった。

カラオケは
ただの娯楽ではない。

時代の重なりが
ハーモニーになっていた。


そのあと、
はま寿司へ。

つねちゃん、2回目。

今度は
リラックスしていた。


家に戻ると、
ご主人が

「おー」

と迎えてくれた。

私は手際よく
おむつ交換をした。

つねちゃんが笑いながら言う。

「この人ほんまやりづらいだろう。
勝手に動くねん。
言うこときかんねん。」

私は言った。

「オムツ交換でご飯食べてた人なんだよ、私。」

あっという間に終わった。

「お安い御用です。」

ご主人が聞いた。

「夫婦慕情、歌とうたか?」

「歌ってたよ。
“お前、お前”って。」

「そうか。」

その顔は
満足そうだった。


約60年連れ添った二人。

つねちゃんは
誰にも強制されていない。

この人のそばにいることを
自分で選んでいる。

無言の糸が
織物になって床に広がっている。

この家には
見えない織物が敷かれている。

それは
牢屋には敷かれない織物。

愛と忍耐と年月で
織られた布。

私はその上に立っている。

なんて尊い場所だろう。


帰宅した瞬間、
私はそのまま爆睡した。

ただの疲れではない。

私はずっと、
この介護が

「仕方なく」ではない

ことに気づいていた。

でも
あの日、はっきり実感した。

これは義務じゃない。

これは愛情だ。

六十年連れ添った夫婦が
今日も自然に隣にいる。

圧倒された。

ノックダウン、である。


私は今
夫と別居している。

裁判も控えている。

だからこそ

この六十年の織物は
まぶしすぎた。


夕方6時。

つねちゃんから
お礼のLINE。

娘が返信していた。

「母は爆睡しています。」


目が覚めると
夜9時。

頭はクリアだった。

娘が言った。

「映画観たい。」

夜、娘が選んだ映画は

『そんな男なら捨てちゃえば』

恋愛の勉強になるから
観たいと言う。

裏切り。
嘘。
逃げる男。

ホームセンターで
浮気を告白する夫。

卑怯だと思った。

帰宅した妻は

服を投げ
鏡を割り
自分で後始末をした。

彼女は
離婚を選んだ。


私は違う。

私は
仮面夫婦を選んだ。

シングルマザーになって
子どもたちの自己実現を
制限する母親にはなりたくなかった。

怒りもあった。
失望もあった。

それでも
壊さなかった。

子どもが成人するまで待った。

そして
区役所へ一緒に行き

静かに
離婚届を出した。


映画は
二時間で終わる。

私の結婚は

もっと長く、
もっと静かに終わった。


映画が終わった。

「勉強になった」

と娘。

私は言った。

「この映画は
恋愛の勉強にはならないよ。」

娘は
きょとんとしていた。

恋愛は
どう壊れるかを学ぶものではない。

どう向き合うかを
知ることだ。

昼に見た夫婦の
小さな往復こそが

結婚だ。

続けることが
すべてではない。

壊すことが
正解でもない。

大事なのは

選ぶこと。


映画のあと
私は久しぶりにキッチンに立った。

軽い軽食を作った。

娘と並んで食べた。

洗い物をして
電気を消した。

久しぶりに私が料理をして
軽食を食べて

私と娘は
コロッと眠りに落ちた。

あれは疲労ではない。

続ける愛も
終わらせる愛も

全部を抱えた一日の

静かな眠りだった。

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