選択の日 16日目

― スパティフィラムの様子

今朝のスパティフィラムは、何も変わっていないように見えた。

葉は昨日と同じ色。
しおれも、回復もない。

でも、根は見えない。

見えないところで、何かが起きているのかもしれない。

土の中は、静かだ。


毎朝のミイの散歩は、
海と山が一望できるヤシの木が並ぶ広い公園から始まる。

ゴルフボールを投げると、みーはダッシュして拾い、
何度も何度も持ってくる。

「みー、行くわよ」

五歳になった今も、
毎朝同じことの繰り返しだ。

リードなしの散歩は、
私が東京都港区に住んでいた頃から始まった。

赤ちゃんの頃、部屋でかくれんぼをした。
私が姿を消すと、必死で探し回る。

見つけると、しっぽをくるくる振った。

そうやって、少しずつ信頼を積み重ねてきた。

薄暗い早朝。
車も人も少ない時間帯。

ミイは必ず振り返り、
私がいるかを確認する。

ある日、野球ボールをくわえてきた。
少し大きくて重そうだった。

また別の日は、学校に入り込み
ソフトボールを持ってきた。
やはり大きすぎた。

そして決定的だったのは、
マンションの敷地で見つけたボウリングのボール。

呼んでも出てこない。

心配になって敷地に入ると、
植え込みの中で困った顔をして、
前足で転がしていた。

「ミイ、それは無理だね」

特大の獲物だった。

抱き上げて帰り道、
またゴルフボールで遊んだ。

海岸では、浮き用の大きなボールの前に
ちょこんと座る。

何度見ても、かわいい。


帰宅すると、娘はまだ眠っていた。

この二週間、料理を作り続け、
ジムにも通い続けた。

少しオーバーワークだったのだろう。

正午過ぎ、ようやく起きてきた娘は
アレンジレシピを作ってくれた。

つねちゃんに写真を送ると、

「アレンジができるようになったら大したもんだ」

と返信が来た。

ふと窓の外を見る。

船がイルカのいる生け簀へ向かっている。

ベランダからは、
イルカショーの訓練が見える。

三匹同時にジャンプする。

何度も、何度も。

観覧船が横に停まり、歓声が上がる。

何度見ても、かわいい。


注文していたネイルチップが届いた。
五種類。

看護師だった私は、
爪を短く整えるのが当たり前だった。

伸ばすことはなかった。

接着剤で一本一本つけていく。

十本終わるまで一時間かかった。

ネイルをつけてキーボードを叩く。

副業を紹介するユーチューバーの女性たちが、
少し羨ましかった。

座ったままで、
おしゃれをして働く姿。

人は、ないものを欲しがる生き物だ。

娘の指にもつけてあげた。

じっと待ち、
仕上がった指を見て笑った。

何度見ても、かわいい。


買い物のついでに、
つねちゃんの家へ寄った。

「あんた、その手でどうやって料理するん?」

頭の上には
「ようやるわ」と書いてある気がした。

「手袋つけたら大丈夫よ」

「そうなん」

すると、つねちゃんが言った。

「これ、さばいてみる?」

子鯵、十匹。

まさかの挑戦状だった。

私の指はネイルチップで
少し華やかになった。

でも、手袋をはめれば
いつもの指に戻る。

見た目は変わっても、
できることは変わらない。

それでいいのだと思った。

初めて、つねちゃんが
少し意地悪に見えた。

動画を撮りながらさばいた。


帰宅すると、

焼いたマグロのカマ、
刺身、
春雨スープが並んでいた。

そして、事件は起きる。

頭をかく。
顎をかく。
マグロをむしる。

ネイルチップが
ぽろり。
ぽろり。

娘も、カマにかぶりつくたびに
ぽろり。

娘の食べ方は、昔のままだ。

夢中になると
周りが見えなくなる。

それは、きっと彼女の強さなのだ。

夢のネイル。

現実の食べ方。

なぜか私は
笑いが止まらなくなった。

半泣きになりながら、
お腹を抱えて笑った。

「またつければいいね」


和歌山は、
毎年少しずつ春が早くなる。

つねちゃんの家までの道すがら、
桜がほころび始めていた。

スパティフィラムの根のように、

見えないところで
何かが進んでいるのかもしれない。

変わらないものがあるから、

少しだけ
変わることもできるのだと思う。

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