選択の日 決意の日

選択の日 決意の日

人の人生は、大きな決断でできているように見える。

けれど本当は、もっと小さな選択の積み重ねでできている。

朝起きるか、もう少し眠るか。
笑うか、怒るか。
楽しむか、あきらめるか。

この物語は、
そんな一日の小さな選択を記録したものだ。

小さな選択が、静かに人生をつくっていく。

朝、目が覚めると、まず時計を見る。よく眠れた体の静けさに耳を澄ます。

寒さを感じ、外出用の上着を羽織る。かつての私は、部屋が暖まるまで我慢していた。

今は違う。小さなことでも、自分を先に守ることを選ぶ。

 いつもなら、政治系のYouTubeをだらだら流し見している時間だった。

けれど今朝は違う。好きな音楽をかけ、台所に立って朝食の支度をしている。包丁がまな板に当たる小さな音が、部屋に流れる旋律と重なって、静かに朝を形づくっていく。

 今日は衆議院選挙の投票日だ。ニュースでは、雪の降る街の映像が流れている。

冷たい空気の中で、人々がそれぞれの意思を手に外へ出ていく。国の未来を選ぶという行為が、どこか遠い出来事ではなく、自分の朝と静かにつながっているように思える。

私と障害のある娘は、数日前に期日前投票をちゃっかり済ませていた。投票は一人ずつ、監視の中で書く。娘が私の推す政党を書けただろうかと、不安がよぎった。 会場を出たとき、娘は言った。「ママ、ひらがなで良かった。ちゃんと書けたよ」。

誇らしい笑顔で私を見上げている。その表情を見た瞬間、胸の奥に小さな灯りがともる。 スマートフォンに、新しい母からメッセージが届く。「もう投票してきたよ」。悪天候でも朝八時には必ず選挙に行く人だ。血のつながりはないが、長い時間をかけて選び直した母である。その簡潔な報告に、迷いのない歩幅が透けて見える。

昨日、壊れたネット環境を思い出す。携帯会社を変える手続きをしなければならない。我慢して使い続けるのではなく、よりよいものを選び直す。 そして今日、新しいパソコンが届く。六十一歳の私にとって、それは単なる機械ではない。在宅ワークという、これからの働き方の入口だ。それでも私は、自分の時間をもう一度手に取り戻そうとしている。 その夜、寝る前に娘が突然言った。

「最近、お料理に興味が出てきたの。ママ、食材は私が買うから、完コピーしたお料理を作りたいの。材料に口出ししてほしくないなぁ。」

娘は治療抵抗性の統合失調症と糖尿病を抱えている。過食気味の人が料理を始めると落ち着いてくることがあると、私はどこかで読んだことがあった。その言葉が一瞬頭をよぎる。 「はーい、約束します」と私は答えた。「洗い物はママがするからね。」 まだ何も作っていないのに、娘は満足そうにどや顔をしている。その表情が妙に頼もしく見えた。

 今日は、娘が“食べる人”から“作る人”を選ぶ日でもあった。 ストーブの上でお湯が沸き、抹茶の湯気がゆっくりと立ちのぼる。その香りに包まれながら、私はふと苦笑いした。自分の暮らしはまだ整いきっていないのに、国の行く末ばかり気にしていた。なんとも大馬鹿な話だ。 それでも、その大馬鹿さが嫌いではないと思う。

小さな生活と遠い世界を同時に気にかけながら、人は今日を生きている。 世界は大きな選択で動き、私は小さな選択で生きている。その二つは決して離れてはいない。湯気の向こうで揺れる朝の光を見つめながら、私は静かに思う。 人生は、何度でも選び直せる。

治療抵抗性統合失調症とは
通常の抗精神病薬を十分な期間使用しても、症状の改善がみられにくい統合失調症のことを指します。一般的に、少なくとも2種類以上の薬物治療で効果が乏しい場合にこのように呼ばれます。全体の統合失調症患者の約2〜3割にみられるとされています。

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