毒親は、子どもの才能を潰す。
努力を踏みにじり、積み上げたものを奪い、
そして最後には「自分の言葉の信用」さえ奪っていく。
私もそのひとりだった。
あの日、桜が満開の入学式で、私はまだ知らなかった。
これから自分の努力が、どんなふうに折られていくのかを。
毒親は才能を潰す。子どもの努力を踏みにじり、信頼までも奪っていく。
入学式、桜は満開だった。新しい制服に袖を通し、私は中学校へ入学した。式のあいだ、必死で兄を探していた。兄を見つけた瞬間、ほっとした。きっと兄が守ってくれる。そう信じていた。
部活は消去法で決めた。
本当は水泳を続けたかった。小学校一年生から金メダルを取り、先生にも才能を認められていた。しかし五年生のとき、母は言った。
「このまま続けたら、女の子なのに肩幅が広くなって男の子みたいになるよ」
私はやめた。
テニスも「色黒になるからダメ」。
バレーは「痣だらけになる」。
剣道もダメ。
バスケは「奪い合いなんて下品」。
残ったのが卓球だった。室内競技で、母の「ダメ」に該当しない。
私はすぐに上達した。水泳で鍛えた体幹と柔軟性が活きた。新入部員トップ3は実力が拮抗していた。新人戦では優勝候補だと先生にも言われていた。
前日、トップ3の一人の家に招かれた。帰宅は夜九時。事前に電話で母に伝え、母は「いいよ」と言った。
許可は取っていた。
何の問題もないはずだった。
しかし翌朝、母は言った。
「昨夜遅くまで遊んでいた罰よ。今日は留守番。」
それだけ言うと、母は反論の隙を与えず、さっさと出て行った。
新人戦は一度きりだ。
私は何も言えなかった。
許可は、たしかにあった。
けれどそれは、私の中にしか残っていなかった。
事実が、音もなく消えていく。
私は、その消え方をただ見ていた。
頼りにしていた兄も、私を溺愛していた父も、守ってはくれなかった。
私は母の許可を得て帰宅した。
その事実は、兄と父の前ではまるで存在しないもののように扱われた。
「母の許可を得ている」という一番重要な事実だけが、二人にはすっぽりと隠されていた。
母の言葉が真実になり、私は「約束を破った子」「罰を受ける子」になった。
その日、私は家で呆然としていた。頭が真っ白だった。
翌日学校へ行くと、トップ3の二人が優勝と準優勝を飾っていた。
「なんで来なかったの?来てたら表彰台だったよ。」
仲間の言葉が胸に刺さった。
これが母のやり方だった。
努力をさせる。
期待を集めさせる。
そして最後の瞬間に奪う。
私は表彰台を失っただけではない。
仲間との信頼も、先生からの期待も、少しずつ削られていった。
巧妙だった。
母は、私の才能を潰しただけではない。
私の言葉の信用まで奪っていったのだ。
それでも私は努力をやめなかった。
奪われた場所の代わりに、別の場所で積み上げた。
消された事実は戻らない。
けれど、消せないものもあった。
私は、錘をつけられたまま泳ぎ方を覚えた。
そして、沈まなかった。
努力をやめなかった。
そして十八歳。
実業団チームに入った。
予選で、私は金メダルを取った。
あの日、家で留守番をしていた少女は、
自分の力で表彰台に立っていた。
私は嬉しかった。
これは、さすがに母も邪魔できなかった。
母は何も言わなかった。それがすべてだった。
この喜びだけは誰にも奪えない。
私は、母の言葉で止められたことがある。
けれど、止めきれなかったものもある。
努力は、誰にも消せなかった。
家の中では、私は小さかった。
でも、世界は家よりずっと広かった。
もし今、親の支配に息が詰まりそうな子がいるなら。
どうか覚えていてほしい。
あなたの世界は、今いる場所だけではない。
努力は、いつか必ず、家の外で花を咲かせる。
もし、タイムスリップができるなら。
あの日、家で頭が真っ白になっていた私に、そっと耳打ちしてあげたい。
大丈夫。
今は信じられないかもしれないけれど、
あなたの世界は、ここで終わらない。
いつか、卓球が縁をつなぎ、
憧れていた選手たちと同じ空間でごはんを食べる日が来る。
卓球界で長年指導してきた先生が、
寒いね、と言って
そっと上着をかけてくれるような場面にも出会う。
特別な人になったわけじゃない。
ただ、続けただけ。
だから今は、何もできなくてもいい。
でも、やめないで。
未来は、家の外にある。
そう伝えてあげたい。